【ライブ前・ライブハウスまで】
2011年10月6日木曜日
ライブ厨あるある ≪ ライブ編 ≫
【ライブ前・ライブハウスまで】
ライブ厨あるある ≪ パーソナル編 ≫
2011年8月22日月曜日
太陽王の過ち
http://blog.reysol.co.jp/news/2011/012530.html
どういった経緯で事件が発生したのか?、傷害の程度がどの程度のものだったのか?、詳細がわかりませんが、刑事事件に発展したという事実は大きいですし、それに対して処分をおこなうことは妥当だと思います。
チーム解散が話題となってますが・・それ以上に気になったのがオフィシャルBLOGの下記文面(一部抜粋)
本件を踏まえ、当クラブは「試合運営管理規定」「観戦ルール」の改定を行います。
「太鼓」以外の鳴り物は持ち込みおよび使用を禁止とし、サイレンを鳴らしての入場などを禁止します。それ以外にも相手のコーナーキック時に走りこんでの威嚇や、裸(パンツ・ふんどし姿など)での応援、また、応援中に水をまく行為など、特定のサポーターグループによる特殊な応援や活動全般を禁止します。応援とは、ゲームを楽しむ人たちを高揚させるものであって、萎縮させるものであってはならない、一部集団の自己満足の場所であってはならないと考えます。今後はこれらに類する行為があった場合は、厳正に対応させていただく所存です。
要するにいままで柏レイソルのゴール裏で行われてたパフォーマンス一切を禁止する、ということです。
自分は浦和のサポーターですが・・・この改定、本当にいいのでしょうか?
柏のゴール裏といえば、「おバカ」路線。Jはもとより、世界にも通じるオンリーワンのパフォーマンスで名を馳せてました。開幕戦で恒例の花輪、電光掲示板にデカデカと掲げられる「柏バカ一代」・・、突き抜けた「おバカ」っぷり、その醸し出す空気は他サポにとって脅威でした。
どう考えてもサポートに関係ない(笑)花輪や竜の作り物や流しそうめんの竹を持ち込みOKにし、電光掲示板に「柏バカ一代」を表示し、あげくのはてには太陽工務店のみゃ長をピンでぬくTVカメラ・・そう、「おバカ」を支えたのは他ならぬクラブです。
「おバカ」によって、柏のサポートはいろんな意味で注目され、人を呼び、一体感を生みました。「おバカ」は強さの原動力のひとつであったはずです。この改定はそれをあっさりと放棄することにもなります。
発端となった事件は恥ずべきものです。しかし、それに乗じてクラブが「サポート文化」を潰す行為に踏み切るのは行き過ぎではないでしょうか?。なんでもかんでも禁止すればいいとは思えませんし、それが解決策になるとも思えません。この改定には反対です。
これは柏レイソルに限った問題ではありません。「都合悪くなったらなんでも禁止」的な風潮には反対です。別に浦和のゴール裏に花輪や流しそーめんの竹筒を持ち込もうと思ってませんが(笑)、チームを勝利に導くためにいかにサポートするか、の選択肢を狭めるようなことはして欲しくないと思います。
2011年7月10日日曜日
古いアルバムの中に~♪
時系列で並べると高校卒業時におおむね現在の姿が完成された、のかな?。中学の卒アルはさすがにコドモだなぁ、という印象。高校のはじめくらいまでは丸顔だったので、この間に成長ホルモンがドバドバでたのかと。ちなみに中1で145cm、中3で162cm、高3で175cmでした。人間の成長ってすごいな、と思います。
写真で追っていくと・・。
中学校の卒アル写真↓
高校の卒アル写真↓
大学の卒アル写真↓
そして現在↓
ああ、青かったあの頃・・しかし、いまやすすけたアラフォー(;つД`) 。精神構造は思春期のまま変わってないつもりなんだけど(笑)。
2010年8月17日火曜日
歌え浦和を愛するなら!キメロ浦和の男なら!
浦和レッズの新しいチャントが出来たというので、youtubeでリピート再生してカラダに叩き込むさとちんですw
---「オー浦和レッドダイアモンズ ラララララララ」が歌いにくい・・。
浦議のページに載ってたイメージ映像(という表現でいいの?)がフランクフルトのスタジアム、すげー揺れてるわ・・。
タイトルの「Pipi Langstrumpf」で検索すると元の曲は「長くつ下のピッピ」というドラマの主題歌でした。
同じ曲なのにかわいい・・ww、全然イメージが違うwww
これをドイツのパンクバンドWIZOがカバーしてます、これは秀逸!。
この曲で踊っているオーストリアの女の子達ww
ノリはオーストリアも日本も同じ、ということで。
あ、オチがつかないwww
同じ曲でも解釈の違いでものすごく変わるんだなぁ、と思う夏の夜でした。
2010年4月21日水曜日
警察権力の横暴を忘れるな
ちょっといまさら感もありますし、非常にセンシティブな話題ですが・・あえて。
1995年3月30日、当時の警察庁長官が狙撃されるという事件があり、今年時効をむかえました。時効をむかえ警視庁は「警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要」という資料を発表、4/30までの期限付きながらwebで公開しました。14ページ+資料2ページに渡り、事件捜査の概要が記述されてます。(警視庁のTOPページにLINKされてます)
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/nansen/h220330_jiken.pdf
時効をむかえた事件に対し警察が総括するのも異例ですが、問題はその内容です。事件はとある宗教団体の組織的テロ、という前提ありきで、それを裏づけるべく延々と捜査資料が並べられてます。ニュースで知り、そのpdfを一通り読んだのですが、率直に思ったのは
「公安もよくこんな言い訳がましい作文したなぁ」
ということです。ここまで資料をあげておきながらも結果として逮捕できなかったわけで、一私人が感想して書くならともかく、公的機関、しかも警察自らが書くのはみっともない。
しかし、みっともない以上に大きな問題点があります。それは
「犯人かどうかわからない人・団体をいかにも犯人のように記述し、それを公表している」
という事実です。
その団体は別のテロ事案があります。しかしだからといって確定してない事実を「あいつはテロをするようなヤツだからあれもやったんだ!」との決め付けは明らかにおかしい。「疑わしきは罰せず」です、罪を取り締まる警察はいつからその大原則をこのような形で逸脱できるようになったのでしょうか?。こんなみっともない作文を公表するのは絶対に間違いです。
この文章を素直に読んだら「ああ、あの団体がやっぱり犯人なのか」と思うことでしょう。見込み捜査での警察の失敗を失敗でなく見せかけ、かつ犯人かどうかわからない人を犯人のように仕立て上げる・・といった技がこのような形で可能となるのです。極論をいえば、罪人はいつまでたっても罪人の括りから抜け出せない、ということにもなりますし、冤罪を容易に生み出すことにもなりかねません。ひとつの見解をwebで発表した・・という事実以上に重大な問題がはらんでいるのです。
念のため断りますが、私はその宗教団体とは一切関係ありませんし、その宗教団体を擁護するためにこの文章を書いたのではありません。警察は事実を客観的に分析し、犯罪を取り締まるべき存在です。このような形の横暴を許してはいけませんし、そのような行為に対して常に批判できるように、客観的な視点が必要だと思います。そのことを書きとめておきます。
(追記)
いまテレビで一休和尚の話をやってるのですが、その中ででてきたトピックのフレーズ
「物事をひとつの側面だけで見てはいけない」
常にナナメで見ればいい、ってもんでもないですが、必要なことだと常々考えます。
2010年4月17日土曜日
10年で6台目。
最近、花見やらライブやらでデジタル一眼を持参している人が増え、その仕上がりっぷりに「いいな・・」と指をくわえてみていた昨今、いかがお過ごしでしょうか?(笑)
昨日、スーパーに買い物に行ったついでに併設している電器屋さんにデジタル一眼を見ました。いくつか並んでおいてある中、LUMIX DMC-G1に「39800円」の文字が。この値段なら手が出るなぁ・・と悩みに悩んで購入を決意。しかし買ったのは「39800円」ではなく、隣にあった展示処分品の望遠レンズ付54800円でした(苦笑)。1000円おまけしてくれ+ネットクーポン8000円分をゲットしたので、衝動買いにしてはいい買い物をした・・と自分にいい聞かせてます。
思えば、これでデジタルカメラを買うのは6台目になります。履歴を調べて見ると・・。
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【1台目】SANYO DSC-SX150
【メイン使用】2000年4月16日~2001年4月1日
【仕様】150万画素、単焦点
初めて買ったデジカメ、 150万画素、単焦点でした。知り合いがSANYOの同系統の機種を持ってて、使い勝手がよさそうだったので。CFの値段が高くて640x480サイズでしか記録してないことを今は後悔・・。
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【2台目】NIKON COOLPIX E880
【メイン使用】2001年4月2日 ~ 2003年10月18日
【仕様】2.5倍ズーム、300万画素
同級生の結婚式を控え、ズーム機が欲しくなって購入しました。なんせビシバシと写真を撮ったためバッテリーの減りが早く電池切れになったこともorz。予備のバッテリーを購入しました。CFの値段が高くて初めの頃は640x480サイズでしか記録してないことを今は後悔・・。
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【3台目】CANON PpwerShot A70
【メイン使用】2003年10月18日~2006年3月23日
【仕様】3倍ズーム、300万画素
【¥】約3万8千円
ツーリングで草津温泉までいったときに謎の「システムエラー」で故障になり、ショックでそのまま帰宅してデジカメを修理+購入しました。ニコンの約半額の値段だったのでびっくりした記憶があります。バッテリーで泣いた経験から「単三電池で駆動」にこだわりました。しかしレンズ駆動部がたびたび故障するのが玉に傷でした。
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【4台目】Panasonic Lumix LZ5
【メイン使用】2006年3月23日~2009年4月20日
【仕様】6倍ズーム、600万画素
【¥】約4万
CANONの駆動部分が壊れて、代替機を・・ということで購入したパナ機。手ブレ補正機能つき+単三電池駆動+A70と同じサイズながら6倍ズーム、の点で購入。何回か故障したものの、特にトラブルなく使えてたと記憶してます。
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【5台目】CANON PowerShot A2000 IS
【メイン使用】2009年4月20日~
【仕様】6倍ズーム、1000万画素
【¥】約2万
LZ5を埼スタで踏んで壊れてしまったため購入。電池駆動のものが一部メーカーの入門機に限られてきましたが、CANONはラインナップを残してくれました。液晶部にホコリが入ってきてますが、故障もなく現用機として使ってます。
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気づいたのが、買い替えをしている時期がほとんど4月ということでした。春は散財させる何かがあるのでしょうか?(笑)。
買ってあらためて思ったのですが、デジイチはポケットにいれて手軽に撮影はできないということです(←当たり前)。いままでのコンデジを併用しつつ、使っていきたいな、と思います。壊れませんように・・。
2010年2月11日木曜日
ぱ、ちんこ!♪、ってそういえば・・?
新聞のチラシにパチンコやさんのイベントのお知らせが入ってました。「CRあしたのジョー」「CRマクロス」・・など、アラサー、アラフォー、アラフィフ?の心をつかもうと必死です。ところでCRってなに??とググると・・。
CR機 - Wikipedia
CR機(シーアールき)とはプリペイドカードに対応したパチンコ遊技機のこと。CRの意味は、1992年登場当時はCaRdの略という説や、Card Reserveの略とする説など、実ははっきりしたものがなかった。その後、一部パチンコ攻略誌などが積極的に唱えたCard Readerの略という説が、現在では主流となっている。ただ、最近ではプリペイドカードよりICカードが主流となっている。
Card Reader・・そのまんまやん(笑)。それほど深い意味はなかったんですね。
我が故郷、埼玉県北部ではパチンコやさんと聞けば、主要道路沿いにあって、やたらにでかい店舗・駐車場・・というイメージですが、三鷹、吉祥寺近辺には駅前に店舗がいくつかあっても、近所の東八道路にはありません。ロードサイド型には絶好の立地っぽいですが
大きな地図で見る
なぜ・・?という疑問をヒマつぶしがてら考察を深めていきます。
大前提の話。建物をたてるには都市計画法という法律が関係します。住居地域、商業地域などと用途地域が定められます。普段は縁のない法律ですが、マンション、一戸建てを購入する際、「まわりにどんな建物がたつ可能性があるのか?」を懸念する際の材料にもなります(自分も気にしました)。用途地域は自治体によってはホームページで確認することができます。
埼玉県: http://www.pref.saitama.lg.jp/A10/BB00/tokeizu/tokeizutop.html
東京都: http://www2.wagamachi-guide.com/tokyo_tokeizu/
三鷹市: http://www2.wagamachi-guide.com/mitakacity/top/select.asp?dtp=15
新規にパチンコやさんが建てられるのは
- 近隣商業地域
- 商業地域
- 準工業地域
- 工業地域
- 第ニ種住居地域
- 準住居地域
ですが、パチンコやさんはもうひとつ関係する法律で規制されてます。それは「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」という法律、そうパチンコやさんは風俗営業なのです。ここでNGなものは
- 住居地域
- 学校、保育所、病院、診療所から100m(商業地域は50m)離れていること
あらためて都市計画図を確認すると・・三鷹市近辺の東八道路沿いは住居地域、準住居地域に指定されてます。だからパチンコやさんがないのか・・納得。
全然関係ないですがパチンコといえばこの曲、東京パノラママンボボーイズの「パチンコ」。パ・チンコ!パチンコしましょ♪が耳から離れられません・・
ブギーマンの「パチンコ・マン」も印象深いです。ジャンジャンバリバリ、ジャンジャンバリバリ・・♪
2010年1月12日火曜日
一期一会
高校の同級生が先日亡くなりました。
末期癌だったとのことで、見つかったときには既に手遅れだったそうです。
友人から昨日連絡がきて、「もう会えないかもしれない・・」と半ば覚悟して、お見舞いにいっているであろう知り合いに「お見舞いには行けないけど、せめて気持ちだけでも託します」とメールをいれました。
そのメールを送った1時間後、息をひきとった・・と連絡をうけました。
ライブに行ってたので気づいたのは夜遅くでしたが・・早すぎる死にただ、ただ、ショックでした。
彼女と会ったのは2008年の年末が最後でした。
ここ数年、年1回で高校のクラスで集まるようになり、今年の年末年始でも会えることを楽しみにしてたのですが、彼女には会えず・・まさかこのような形で永遠の別れになるとは思いもしませんでした。職場が比較的近かったので、一緒に飲んだりする機会をいつか・・と思ってはいましたが、いつか、いつか、と思ううちにかなわぬ夢になってしまいました。
「生きる」ということに対し、直前まで戦ったのであろう、と思います。心よりご冥福をお祈りいたします・・。
学生のとき友人を交通事故で亡くなりました。しばらくして彼のお墓が建立されたのですが、そこには「○○家之墓」という文字ではなく「一期一会」とだけ刻まれました。おそらく、ひとつひとつの出会いを大切にしていた彼を表現したかったのだろう、と思います。非常に素敵な言葉です。
日常の中でたくさんの出会いがあります。家族にはじまり仕事、趣味・・もちろんですが「次にまた会える」と思うのが普通です。なのでいつも「またね」といって別れます。その次が何年先になるかわからなくても。でも絶対的な別れの前に「またね」はありません。変な話ですが、これからそういった別れの機会が増えていくかもしれないですし・・。
全ての出会いを大切にする、というのはものすごく難しいし、現実的ではないかもしれません。でも、そう心がけることで、「あのときこうすれば・・」といった後悔の数は少なくなるような気がします。
「一期一会」をあらためて胸に刻みたいと思います。
2009年11月21日土曜日
また一つ、年を重ねました
めでたく?誕生日をむかえました。あら?フォー!!まっしぐらです(笑)。うまくすれば、今日行く予定の埼スタで「お誕生日おめでとう」に名前が出るはず。埼スタに行く方は盛大なるブーイングをお願いします(違)。
孔子の言葉で「三十にして立つ、四十にして惑わず」とありますが、立ってもいなければ惑いっぱなしです(苦笑)。年を重ねれば、重ねるほど惑うような気がしてなりません。
「子供」のときは「大人」は権威であり、ついていけばいい存在でありました。しかし、自分がいわゆる「大人」になったとき、頼るべきもの、拠り所になるものが見えにくく、現れにくくなります。日々をいかに律し、いかにモチベーションを高めるか、それは自分次第。しかし、夢や大志を抱くこともなくなった今、そのモチベーションを高く持ちつづけることは容易ではありません。だから惑いつづけるのです。
でもそれでいいんだと思います。だって人間だものbyみつを。人は成長を求めるからこそ、迷い、惑うのです。己の幼さ、拙さをいい意味で生かし、悪い部分を叱る。何事にも(特に公の部分で)モチベーションを高められるよう、ますます切磋琢磨したいです。
・・と中年の主張はここまでにして(笑)、言いたいことは「どう考えてもイイ年ですが、まだまだやったるで!」ということです。ライブで暴れ、ツーリングで放浪し、レッズで気合いいれてサポート・・えっ、仕事?(笑)。環境は日々変化します。いつまで出来るかはわかりませんが、できるかぎり・・。
そのように日々生活できるのもつながり、支えてくれる人の存在がいるからです。特にいつも影で見守ってもらっているうちの奥さんには頭があがりません。節目の日、あらためて感謝!。
いたらない点多々ありますが、よろしくお願いしますm(__)m
2009年11月2日月曜日
ロスジェネ世代と閉塞感
http://www.webdoku.jp/tsushin/2009/11/01/006341.html
世代ドンピシャです(笑)。確かに「いい学校、いい会社」神話は絶対で、ステレオタイプ的にキャリアアップを唱え、それが正しいと信じられた最後の世代だと思います。
競争の中での閉塞感がバンドブームにつながったという見方があります。ロック・パンクが社会的なものからより個人的なものとして確立していきました、「やさしさロック」なんてコトバがありましたっけ。
ブルーハーツは「ハンマーが振り下ろされる、僕たちの頭の上に」(ハンマー)、「見えない自由が欲しくて、見えない銃を打ちまくる」(トレイントレイン)と歌い、いまや作家の辻仁成率いるECHOESは「愛されたいと願っている 僕らは歯車にもまれて」(GENTLE LAND)と歌ってました。切り口は違いますが、ボガンボスの「こんな社会にツバをはき、ダイナマイトに火をつけろ」(ダイナマイトに火をつけろ)は閉塞感からの脱却だったり。普遍なテーマとしてとりあげられてます。
閉塞感を乗り越えれば未来が明るくなる、と信じていたものの、それがかなわないことがわかった、まぁよくある話なのですが。そんな人たちが多数を占める我々の世代が社会の中心となった昨今、その彼ら・彼女らのもつマインドが昨今の不景気と重なりますます蔓延したのかもしれません。カルト宗教が流行ったり、心を病む人が増えたり・・社会全体が閉塞感から脱却することは容易ではない、と思います。
では、「何を信じたらいいのかわからない」世代がそこから脱却する術はなんでしょう?。
そのひとつとして「借り物の言葉をたくさん身につける」ことだと思います。何もどこかの宗教に入信しろ、ということではありません。様々な書物を読んだり、新聞を読んだり、たくさんの表現に触れることで、絶望にまみれたこの社会にキラッと光る希望のライムが見つかる、と思います。はじめは借り物かもしれませんが、身につけていく上で本物になります。迷いの中に一筋の光を見出せることがきっとあるはず、です。
この類のテーマは書くとキリがない、というか往々にしてまとまらないのは自分の文章力がイマイチだからです。なぜか?、それはエラそうに書いている割に自分も読書嫌いだからです(苦笑)。新聞は毎日読んでますが、それだけじゃなかなか・・。
ちょうど今は読書週間、図書館で借りて読んだツワルスキーさんの「スヌーピー」本をまた読もうかな。心理分析系の本ですが肩の力を抜いて読めました。ということで以前読んだ本のアフェリを貼ってみるテストw。
2009年5月2日土曜日
前略、忌野清志郎様
見ず知らずの私からあなたにこのようなメッセージをお送りすることをお許し下さい。あなたが旅立つと聞いて、いてもたってもいられなくなり、今の気持ちをしたためたくなったのです。今夜は私のような想いに駆られる人がきっと沢山いらっしゃいます。
あなたと、あなたの音楽との出会いは中学生のときでした。
当時聞いていたサンプラザ中野のオールナイトニッポンで「E-JAN」のプロモであなたがゲストで出ていました。そのときに聞いた、甘えるような甲高い独特の声に魅了されひきこまれていきました。
ビートパンクなど、自分の音楽嗜好はいろいろと渡り歩きましたが、RCは不思議といつでも傍によりそってました。つかず、はなれずのような関係で。それがいまでも続いてます。
RC SUCCESSIONのライブを生で何度か見る機会があり、その都度感動しました。 特に最後となってしまった90年クリスマスの武道館を見れたことは、今でも自分の中での誇りです。
「スローバラード」「雨上がりの夜空に」など、数々の代表曲がありますが、 自分が好きな数々の曲は「ハードフォーク」と呼ばれていた頃の作品です。
「女なんてどうせ、どれでも同じさ」と言い切ってしまう「国王ワノン一世の歌」
「一人じゃなにもできないくせに」と烏合の衆を痛切に表現した「シュー」
曲の歌詞に自分の言いたいこと、感じたいことを求めることが多いのですが、 あなたの作品には、表現の宝石がたくさん散りばめられてました。 自分の表現世界の中であなたの存在は大きくしめておりました。
曲に勇気づけられ、原動力となったことがたくさんありました。 時は流れ、感受性も思考も中学生、高校生だった頃とはかなり変化しましたが あなたの曲は、そんな自分の成長の中でも変わらずいろいろな世界を見せてくれました。
7、8年前になるでしょうか、赤坂ブリッツでのどんとトリビュートであなたの演奏を拝聴しました。
そのときにやってくれたジョンレノンのカバー、「イマジン」を聞き、理由はわからなかったのですが涙がボロボロこぼれたことを覚えてます。
夢かもしれない でもその夢を見ているのは
君一人じゃない 仲間がいるのさ
夢かもしれない でもその夢を見ているのは
君一人じゃない 夢かもしれない
君一人じゃない ひとりぼっちじゃない
ひとりぼっちじゃない・・
単純に「夢かもしれないけど みんなが考えていることなんだ」と受け取ってましたが、 いまの年になり、この曲が「大人になることによる孤独感へのエール」にも聞こえてきたんです。
「一人で考え、責任を持ち、行動する」
その中では「常に自分は一人なんだ」という認識をもってましたが
「そうじゃない、あなたはひとりぼっちじゃないんだよ」
とあなたが囁いているように聞こえたのです。
あなたが生み出してくれたものは、きっとたくさんの人の心に楔をうったと思います。
もちろん自分もその一人です。
あなたが、あなたの曲を歌うことはもうできないかもしれません。でも、音楽そのものはいつまでも、いつまでも残り続けます。
私の生き方はあなたの曲なしではありえなかった。
きっとこれからも心の拠り所にすると思います。
本当に、本当に、お疲れ様でした。
あの世でも、ギターをかき鳴らしてください。
自分がそこに行く日がきたら、あの世でできた曲をオーディエンスの一人としてたくさん聞かせてください。 才能にあふれるあなたのことですから、何十年もたてばきっとやまほど曲ができていると思います。そんな日を楽しみに・・・。
ご冥福をお祈りします。
J/第9節 アルビレックス新潟戦@埼玉スタジアム ~すべてはALRIGHT~
自宅で所用をすませてから出発。GW初日につき道路が混雑しているといやだなーと思ってたら、順調でびっくりしました。といいつつも、下道で走ってたらスタジアムに着くのが6時過ぎちゃうかも・・と、装着したてのETCを使ってみたかったので(笑)、大泉から外環にライドオン。

いままでは事前にとまってクレカを準備して・・なんてやっていたのが、そのまま突っ込んで高速でバビューン☆。車以上に便利で楽チン。浦和ICを降り、ちょっと走って埼スタへ到着。30分くらい短縮、ETC割で合計500円だから電車の移動よりは安い、かな?

開始1時間ちょい前にいつもの場所へ。時間がせまっているので、いつもの挨拶タイムは自分の後ろの列くらいまでに。いまの時間のほうが自分の動き的にあってるかも。「まだ脱がないの?」がすっかり挨拶の返しに(笑)。

連戦の疲れもあったし、相手がしっかり守っているというのもあって、試合はなかなか動かず・・。新潟が1人減った時点で試合が動くかと思いきや、相手も集中を切らしてません。これはドローかも・・と弱気になりつつも、ロスタイム4分の表示に「まだまだいけるよ!」。
終盤も終盤、ゴール前の攻防の末に闘莉王のゴール!。おいおい、どんな劇的なストーリーのドラマだよ、とツンデレ風に叫ぶくらいの衝撃。埼スタに今年一番の熱狂っぷりが降り注ぎました。いやーーー、嬉しかった☆。あの1点は「ゴールが欲しい」という気持ちの集大成だったかと、サポ冥利につきます。
まだまだフィンケサッカーは途上。正直、まだまだ・・と思うところはあるけど、今回のようなゴールを浦和の将来が明るいことを示してくれました。この連戦はきついところだと思うけど、何とか乗り越えて欲しいと思います。

自分は「ゴール裏を前段をより楽しく、熱くしたい」と願いながら、サポートしてます。
同じことを考える仲間に支えられ、そして周りにいる人たちの気持ちに自分がシンクロして、自分自身この活動を楽しくやっています。
いつかはゴール裏が・・スタジアムが・・と理想は高く持ってますが、自分の周りだけでも精一杯です。いや、正直いって自己満足の域を飛び出ないのかもしれません。
でも動かなかったら何もはじまらない。
小さなことでも着実に、確実に
等身大の自分ができることを続けていけば、きっと花が開く
そう信じてます。
RC SUCCESSIONの曲に「すべてはALRIGHT」という曲があります。この曲がすごくシンクロして大きな励みになってます。 この歌詞って浦和に限らず日常の、いや生きているうえでの様々な場面に対して強く後押ししてくれてます。
夢を見るのは
悪いことじゃない
コトをあせり過ぎちゃダメさ
ちょっとだけ 時の流れが
きみをじらしてるだけさ
..
頭ごなしに笑われても
うぬぼれて踊ってりゃいいのさ
突然の贈り物を
受け取るときがきっとくるさ
..
気分を出して
その気になって
コトに立ち向かうしかないぜ
大丈夫さ
うまくやるさ
すべては始まったばかりさ
すべてはALRIGHT YA BABY
すべてはALRIGHT YA BABY
すべてはALRIGHT YA BABY
...
試合の帰りに忌野清志郎の訃報を聞いてから、もう試合のことよりこのニュースのことが頭を渦巻いて離れませんでした・・。ご冥福をお祈りいたしますm(__)m
HEY-SMITH、FACT@渋谷Quattro
フロアに入るとFACTが演奏中でした。ラウド系?な感じ、自分にはあまりしっくりこなかったので後ろで大人見。 満を持してHEY-SMITH。しょっぱなからDrug Free Japanでフロアも沸騰。間髪いれずにDownload Me If You Can~Skate or ...
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バイクで埼スタへむかいました。途中、川口元郷駅方面を見ると鯉のぼりが飾ってありました。端午の節句に備えてでしょうか?。春を感じます(^o^)/。 当抽列に並びます、開門まで3時間。いつもなら仲間としゃべったり、周辺をうろうろするのですが、昼ごはんを買ってなかったので、買い物がてら...
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ウチをでると大粒の雨orz。ジッタリン・ジンの「相合傘」という曲を口ずさみながらバス停へむかいました。高田馬場の駅を降り、PHASEの手前の神田川の橋の上から川を見ると濁流になっててびっくり、というかちょっと怖い感じ(><) 中に入ると階段下でまー&めーめーがお菓子やさんをやって...